【実演】紙図面のAI検索に正解を出してみる|OCR・注釈生成・類似検索の全工程

紙をスキャンしただけのPDFを、RAG(社内の文書を検索して、AIの回答の根拠にする仕組み)に入れても、図面に書かれた文字では検索に引っかかりません。その文字が、テキストではなく画像だからです。倉庫に眠っている図面や帳票を「探せる資産」に変えるには、AIが読めるテキストへ変換する工程を先に通す必要があります。

この記事では、1枚の建築平面図を題材に、工程を順に通した記録を書きます。扱うのは5つです。PDFの仕分け、スキャン画像からのOCR、赤枠つき注釈画像の自動生成、AIが検索できる形への構造化、そして似た図面を探す仕組みの設計。このうち手を動かしたのは4つめの構造化までで、5つめの類似検索は手法の選び方までです。工程ごとに固有の失敗があり、先に知っておくと手戻りが減ります。

この記事で得られること
・紙のスキャン図面がAIで検索できない理由を、画像の上限という具体的な数字で理解できる
・仕分け・OCR・注釈生成・構造化・類似検索の5工程を、どの順に何をやるかまで把握できる
・工程ごとの失敗と、着手前に確認しておくべきことが分かる
株式会社ノーコードソリューションズ COO 吉村祐樹

図面の話ですが、帳票でも検査記録でも同じ工程を通ります。「紙しか残っていない資料をどうするか」で読んでいただいて大丈夫です。

株式会社ノーコードソリューションズ COO 吉村 祐樹

弊社ではこれまで、図面や帳票を構造化する考え方を AIの構造化データとは?図面・帳票を「AIが使える形」に変える全手法 で、VLM(画像とテキストを一緒に扱えるAIモデル)を使ったPDFのJSON化を 【脱・OCR】Dify×VLMで、あらゆる画像・PDFを思い通りのJSONに変換する で扱ってきました。この記事はその先にあたります。書くのは、手を動かしたときに何が起きたかです。

なお、この記事に載せた図面は検証のために作成した架空のものです。物件名・設計者・面積はすべて実在しません。

紙をスキャンした状態の1階平面計画図。グレースケールで、わずかに傾き、ノイズが乗っている
図1 題材にした図面。紙をスキャンした状態を再現するため、グレースケール化・傾き・ノイズ・JPEG圧縮を加えてある
目次

最初にやるのはPDFの仕分け。CAD出力ならOCRは要らない

図面のPDFには、見た目が同じでも中身がまったく違う2種類があります。

CADから出力したPDFは、文字と線が座標つきのデータとして入っています。この場合はOCRの工程そのものが不要で、テキストも座標も直接取り出せます。一方、紙をスキャンしたPDFは、ページ全体が1枚の画像です。文字は「文字」として存在せず、ただの黒い画素の集まりになっています。

見分ける第一手は、PDFからテキストを抜き出す pdftotext です。そのPDFにかけて文字が出れば前者、出なければ後者と当たりを付けられます。ただしこれだけでは確定しません。スキャンPDFでも既存のOCRが透明なテキスト層を埋め込んでいることがあり、逆にCAD由来でも文字がアウトライン化されていれば1文字も出ません。判断に迷うものは、ページに占める画像の割合とベクター描画命令の有無も併せて見て、それでも決まらなければ混在型として扱ってください。この判定を工程の先頭に置きます。CAD由来のPDFにOCRを走らせると、精度でもコストでも損をします。

もし元データ(CADのファイル)そのものを入手できるなら、そちらが最も確実です。座標も文字も正確に取れるため、OCRによる文字の誤読と、AIによる領域推定を丸ごと避けられます。元の図面を作成した設計事務所に、CADファイルが残っていないか確認してください。ただしCADの座標をPDFや画像の座標へ変換する処理は残るので、そこは別途検証してください。

以降は、紙のスキャンしか残っていない場合の話です。

紙のスキャンPDFが検索できるようになるまでの全体パイプライン。PDF種別の判定、前処理、VLMでの読み取り、注釈画像の生成、構造化、検索基盤への投入の順に左から並べた図
図2 全体の流れ。以降はこの順に見ていく

図面のOCRは、1枚を12枚に切ってから読ませる

スキャン画像をAIに読ませるとき、多くの人はページ全体を1枚の画像としてそのまま投げます。図面では、この投げ方がうまくいきません。理由は、AIが画像を縮小してから読むからです。

なぜ全体を1枚で投げると読めなくなるのか

Claudeを含む視覚言語モデル(画像とテキストを一緒に扱えるモデル。VLMと呼びます)には、受け取れる画像の大きさに2種類の上限があります。

ひとつは、APIが受け付ける画像そのものの上限です。Claude APIは1辺8,000ピクセルを超える画像を、縮小せずにそのまま拒否します。今回の図面は8,026×5,636ピクセルなので、そもそも1枚のままでは送れません。

もうひとつは、モデルが内部で扱う解像度の上限です。Claude 4.7以降の高解像度対応モデルでは、長辺2,576ピクセルかつ視覚トークン4,784が上限で、この上限を超える画像は、API側が縦横比を保ったまま自動で縮小してからモデルへ渡します。視覚トークンは28×28ピクセルのパッチ数で、⌈幅÷28⌉ × ⌈高さ÷28⌉ で決まります。高解像度に対応していないモデルは、長辺1,568ピクセル・視覚トークン1,568です。今回効くのは後者です。長辺が2,576に届く前にトークン数が上限に当たるため、2,296×1,612ピクセルで止まります。

ここに図面特有の事情が重なります。図面の文字は小さいのです。JIS Z 8313-10は、製図に使う日本語の文字高さを、漢字で3.5ミリ以上、仮名で2.5ミリ以上と定めています。一方、国土交通省の官庁営繕がまとめた建築工事設計図書作成基準では、A1判の一般文字(寸法・引出文字を含む)を4.0ミリ以上としています。実際の図面はこの2.5ミリから4.0ミリの範囲に収まります。以下ではJISの下限にあたる2.5ミリと3.5ミリで計算します。読み取りがいちばん厳しくなる条件だからです。300dpiでスキャンしても、2.5ミリの文字は約30ピクセル、3.5ミリでも約41ピクセルにしかなりません。ところがページ全体は45.2メガピクセル、視覚トークンに直すと57,974あります。上限に合わせて縮小されれば、文字も一緒に潰れます。

同じ図面で実際に測った値を並べます。仮に8,000ピクセル以下へ縮めてから1枚で送れたとしても、という前提で計算しています。

投げ方 モデルに届く寸法 縮小率 寸法数値
2.5mm
室名
3.5mm
ページ全体を1枚で2,296×1,612px28.6%8.4px11.8px
12タイルに分割(最も縮むタイル)1,988×1,874px89.1%26.3px36.9px
12タイルに分割(最も縮まないタイル)1,988×1,870px93.9%27.7px38.8px

タイルの大きさは位置によって変わります。隣と重ねて切るため、四隅のタイルは重なりが2辺だけ、中央のタイルは4辺すべてに重なりが付きます。上の表では中央のタイル(切り出し時2,230×2,102px・最も縮む)と四隅のタイル(同2,118×1,992px・最も縮まない)の両方を挙げました。どちらでも、最も小さい寸法数値が26ピクセル以上残ります。

8ピクセルの数字も、12ピクセルの漢字も、人間が見ても読めません。縮小するのはAPIで、モデルに渡す直前に処理されます。プロンプトをどう書いても、文字が潰れる問題は解決しません。この検証では、入力上限と可読性の両方を一度に満たす方法としてタイル分割を採りました。専用のOCRエンジンを使う、領域を検出してから切り出す、といった別の手も取れます。

手順

前処理は4段階です。

  1. 高解像度で画像化する:PDFを300dpi相当のPNGへ変換します。pdftoppm -png -r 300 図面.pdf out のように、解像度を指定できるツールを使ってください。macOSの sips はPDFを72dpiでしかラスタライズせず、dpiWidth を指定してもメタデータが変わるだけで画素数は増えません(レター判なら612×792ピクセルのままです)
  2. 向きを正立に直す:横向きのまま渡すと読み取り精度が明確に落ちます
  3. 4×3の12タイルに切る:タイルの内側の辺を、短辺の6%(今回は112ピクセル)ずつ外へ広げて切ります。隣り合うタイルはその2倍の224ピクセルを共有します。300dpiなら19ミリで、3.5ミリの文字が5文字ぶん入る幅です
  4. 各タイルをVLMに読ませ、結果を1つに統合する
1枚の図面に4×3の分割線を重ね、各タイルにr1c1からr3c4までの番号を振った図
図3 4×3の12タイルに分割する。各辺を6%ずつ広げて切るので、境界の文字は両方のタイルに写る
分割した左上のタイルを等倍で表示したもの。住戸Aの室名と帖数と面積が読める大きさで残っている
図4 タイル1枚(左上)。室名・帖数・面積の文字が、縮小されずに残っている

タイルの数は、1枚あたりが長辺2,576ピクセル以下かつ視覚トークン4,784以下に収まる最小の分割数で決めます。今回の8,026×5,636ピクセルでは4×3で足りましたが、A1判(841×594ミリ)を300dpiで取り込むと9,933×7,016ピクセルになり、4×3では71.7%まで縮んでしまいます。この場合は5×4の20枚が要ります。なお、1回のリクエストに21枚以上の画像を入れると、1枚あたりの寸法上限が2,000ピクセルまで下がります。タイルは20枚以下に収めるか、リクエストを分けてください。上の表のとおり、12分割すれば縮小率は89%から94%まで戻り、文字はほぼ原寸のままモデルへ届きます。

読み取りの精度については、気をつける点が2つあります。ひとつは、この読み取りがVLMの推測でしかないことです。VLMは画像を見て文字を当てているので、かすれた文字や重なった文字を誤読します。契約や申請に使う数値は、必ず人が原図と突き合わせてください。もうひとつは読ませる単位です。表や特記事項といった意味のまとまりごとにVLMへ渡してください。統合したときに、どこが抜けたかに気づきやすくなります。

オフィスで図面の読み取り工程について説明する株式会社ノーコードソリューションズ COO 吉村祐樹

枠が数ミリずれているだけで、現場の方には使えないと言われます。図面は位置がすべてなので、ここだけは妥協できませんでした。

株式会社ノーコードソリューションズ COO 吉村 祐樹

「ここが住戸」と判定するのはVLM、枠を描くのは通常のコードです

読み取ったテキストだけでは、図面のどこに何があるかは分かりません。住戸の範囲を赤枠で囲み、共用部を青枠で囲んだ注釈画像を作ると、人が確認するときにもAIに追加で質問するときにも効きます。

この工程は、2つの役割にはっきり分かれます。

意味を判定するのはVLMです。開発者はVLMに「この範囲は住戸C」と判断させ、その範囲を矩形の座標で出力させます。線を引くのは通常のコードです。VLMが返した座標を受け取り、Pythonの画像処理ライブラリPillowが枠とラベルと矢印を描きます。生成AIが画像を描くわけではありません。

平面図に住戸を赤枠、共用部を青枠、外構を緑枠で色分けした注釈画像
図5 注釈を重ねた図面。住戸を赤、共用部を青、外構を緑で色分けしている
注釈画像の生成でVLMが意味を判定しコードが線を描く役割分担と、座標がズレる弱点および拡大検証ループを示した図
図6 役割分担と、座標がズレたときの直し方

VLMは何を手がかりに判定しているのか

VLMは、人が図面を読むときと同じ3つの手がかりを重ねています。

最も強いのは文字ラベルです。「洋室6.5帖」「エントランスホール」「洗面脱衣」といった記載があれば、そこが何の用途の部屋かはほぼ決まります。ただし決まるのは用途までです。同じ室名が複数ある図面では、領域の範囲と住戸の境界は文字だけでは決まりません。

文字がない領域では、VLMは図的表現を読みます。壁線の太さと閉じ方で区画の輪郭を判断します。そのうえで、階段の踏み段のパターン、便器や浴槽やキッチンの設備記号、床のハッチング(タイル目地や土間を表す細かい模様)から用途を推定します。

そして建築図面の慣習知識が効きます。玄関から廊下を通って居室へつながること、MB(メーターボックス)やPS(パイプスペース)といった設備用の小スペースは住戸の境界に並ぶこと、共用コアはエレベーターと階段とホールで一塊になること。こうした定石が、図的表現だけでは決まらない部分を埋めます。

VLMは意味を当てますが、座標を外します

注釈画像の工程で、今回いちばん時間を取られました。

VLMは「住戸Cの範囲はここ」という意味の判断は正確にこなします。ところが、その範囲をピクセル座標で言わせると外します。意味は合っているのに枠だけがズレる、というのが典型的な失敗です。

ズレ方は2種類あります。

ひとつは、VLMが縮小された画像を見たまま座標を答えることで起きるズレです。この図面を1枚で投げた場合、モデルに届く画像は原寸の28.6%です。この縮小画像の上で1ピクセルずれると、原寸では約3.5ピクセルの誤差になります。5ピクセルずれれば原寸で17ピクセル、紙の上で1.5ミリです。ただしこれは1枚で投げた場合の話です。12タイルに分けて渡せば縮小率は89%まで戻るので、1ピクセルの誤差は原寸1.1ピクセルにとどまります。タイル分割は、読み取りの精度と座標の精度の両方に効きます。

もうひとつは、傾きを直したあとの座標系を戻し忘れたときに起きるズレです。原稿をスキャナに置けば必ずわずかに傾きます。今回の図面の傾きは0.25度でした。角度としては微々たるものですが、回転させた画像に回転前の座標をそのまま当てると、共用部の枠は横に15ピクセル、縦に9ピクセルずれました。300dpiのスキャンなので紙の上では約1.5ミリ、縮尺1:100の実寸なら約15センチです。この精度では、壁の位置を指せません。

このズレには原因が2つあります。回転そのもので点が動く分と、回転にともなって画像のキャンバスが外接矩形へ広がる分です。今回は後者が横13ピクセル・縦18ピクセルで、前者より大きくなりました。しかも前者は回転中心から遠いほど増えるため、ズレ量は場所によって変わります。実際に全面を測ると、図面の隅では最大43ピクセルでした。1点だけ測って全体を代表させると、端の精度を見誤ります。

なお後者は、AIの推定誤差ではなく実装の誤りです。座標系は4つあります。モデルが見た画像、タイル、傾きを補正したページ、元のページ。この4つを順に戻す変換をこちらが書かず、途中の座標系のまま描いたために起きました。AI固有の誤差と実装の誤りは、分けて数えたほうが原因にたどり着きます。

拡大検証ループで直す

対策は地味ですが確実です。

  1. 枠を描画する
  2. その部分だけを原寸で切り出す
  3. 枠線が図面の壁線に乗っているかを照合する
  4. ズレていれば座標を直して再描画し、1へ戻る
共用部の左上の角を原寸で切り出し、補正前は枠が壁線から浮き、補正後は壁線に乗っている状態を並べた比較図
図7 拡大検証。同じ箇所を原寸で切り出すと、枠が壁線に乗っているかが一目で分かる

重要な枠すべてにこのループを回します。座標を人が確認する工程が入るので自動化率は下がりますが、ズレた枠を配ってしまうより安全です。

精度を上げる4つの方法

効果の大きい順に挙げます。

方法 内容
原寸での座標決定縮小画像の目測をやめ、原寸タイルで壁線の画素座標を直接読む
通り芯からの機械的マッピング通り芯(図面の基準になる線。「G通り」のように記号で呼ぶ)の交点の画素座標を人が数点実測して座標変換を作り、「G通りから1,200mm」を画素座標へ変換する。スキャンの歪みにも強い
画像モデルとの分業大量処理や高精度要求ではこの構成が本命。領域の切り出しを画像認識のモデルに任せ、切り出された各領域の意味付けだけをVLMが担う。ただしSAM(画像の中の物体の輪郭を切り分けるモデル)は領域を切るところまでで、それが住戸か共用部かまでは判定しない。YOLO系(あらかじめ学習させた対象を画像から検出するモデル)に領域そのものを検出させるなら、その図面種別の学習データが要る
用途で割り切るゾーニングを示す程度なら目測で十分。壁や寸法を正確に指す必要があるときだけ上の方法を使う

筆者は、まず「用途で割り切る」から入ることをおすすめします。枠が5ミリずれていても困らない用途は実際に多く、そこに通り芯マッピングを実装するのは過剰投資になります。

構造化は3層に分ける。層ごとに担当する検索方式が違う

読み取ったテキストをそのままファイルに置いても、検索の精度は上がりません。1図面を1つのMarkdownファイルにまとめ、中を3層に分けます。層ごとに担当する検索方式が違うからです。

第1層はメタデータで、YAMLフロントマターに書きます。図面種別、図面番号、縮尺、階、物件名、出所(紙スキャンかCAD由来か)、そして精度の但し書き。この層はメタデータフィルタによる絞り込みを担当します。

第2層は本文で、Markdownの表と箇条書きで書きます。住戸一覧の表(間取り・専有面積・部屋構成)、特記事項、寸法。この層は全文検索とベクトル検索を担当します。

第3層は検索用キーワードです。図面には書かれていない同義語をここに足します。「セットバック」「賃貸マンション」といった、図面の中には出てこないが人が検索に使う言葉です。この層が、素人の聞き方でもヒットする状態を作ります。

構造化データを メタデータ・本文・検索用キーワード の3層に分け、各層が担当する検索方式を対応づけた図
図8 3層設計。層ごとに担当する検索方式が違う

実物はこうなります。

---
doc_type: 建築図面
drawing_no: A-13
drawing_title: 1階平面計画図 外構図
scale: "1:100"
floor: 1F
source_type: 紙図面スキャン(ベクタ情報なし)
accuracy_note: 数値は目視OCR。寸法・面積の正は原図
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## 住戸一覧(1階)
| 住戸 | 間取り | 専有面積 | 部屋構成 |
|---|---|---|---|
| A | 1K | 26.45㎡ | 洋室7.8帖 |
| B | 1K | 26.45㎡ | 洋室7.8帖 |
| C | 1DK | 33.08㎡ | 洋室6.5帖+DK6.5帖 |

## 検索用キーワード
1階平面図, A-13, 1K, 1DK, オートロック, 排煙,
2項道路, セットバック, RC造, 賃貸マンション

実務で効いた4つの原則

  • 1図面を1ファイルにする。複数の図面を1つのファイルに混ぜると、ベクトル検索の精度が落ちます
  • 画像とテキストをペアで保存する。AIはテキストから回答を作り、人は原図で根拠を確認する。この分担になるよう設計します。「原図のこの箇所」を返せることが、そのまま信頼につながります
  • 検索用キーワード欄を必ず設ける。前述のとおり、図面に書かれていない言葉で人は検索します
  • OCRは一度だけ、検索は何度でも。問い合わせのたびにVLMで図面を読み直す設計にしないでください。前処理で一度構造化し、以後はテキスト検索に寄せます。コストも応答時間も桁で変わります

規模別の投入先

規模・用途 方法
数枚から数十枚構造化したMarkdownをフォルダに置くだけでは検索できません。そのフォルダを直接読めるツールに登録します。ローカルのファイルを検索できるAIツールや、社内AIのナレッジ機能が該当します
数百枚以上RAG(ベクトルDB)とメタデータフィルタの二段検索にします
案件横断の台帳データベースに1図面=1レコードで登録し、物件・図面番号・階・種別をプロパティにします。人もAIも同じ台帳を引けるのが利点です

類似図面検索は、安い手法で絞ってからVLMに並べ替えさせる

ここから先は、今回の検証では実装していません。実装する前に決めておくことを整理します。

「似た図面を探したい」という要望はよく出ます。ただし、この要望は着手する前に定義を詰める必要があります。意味や仕様が似ているのか、見た目が似ているのか、間取りのつながりが似ているのか、スペックが近いのか。どれを求めるかで手法がまったく変わります。

手法は大きく4つあります。

手法 捉える類似 コスト 備考
①テキスト埋め込み意味・仕様文章を数値の並びに変換して意味の近さを測る方法。構造化の副産物で、RAGと同じ基盤を使える
②画像埋め込み(CLIP系)見た目・構図中〜高CLIPは画像とテキストを同じ尺度で扱う画像検索向けのモデル。自然画像で学習しているため、線画の図面は対象領域の外にあたる。前処理か追加学習が要る
③構造グラフ(隣接グラフ)間取りのつながり間取り図検索(floor plan retrieval)という研究領域があり、間取りを部屋のつながりのグラフに直して比べる手法などが提案されている。前処理が最も重い
④数値特徴量スペック結果を説明しやすく、実務で一番堅い
類似図面検索の4手法を比較し、テキスト埋め込みと数値特徴量で一次検索、VLMで二次検索する二段構えを示した図
図9 4手法の比較と、推奨する二段構え

推奨する二段構え

①と④は構造化の副産物なので、ほぼ無料で使えます。②と③は実装が重い。そこで、安い手法で粗く絞ってから、絞った候補だけを高い手法で並べ替えます。

一次検索では、メタデータフィルタと①④で全図面から候補を20枚から50枚に落とします。全件を安価にスキャンできるのが利点です。二次検索では、候補のペアをVLMに見せて類似点と相違点を挙げさせ、採点させます。少数なら建築士に近い比較判断が返ってきますが、高コストなので候補を絞ってから使います。

この構成なら、②③の重い実装をせずに実用ラインに乗ります。

評価セットを先に作る

導入時に、正解ペア(この図面とこの図面は似ている、という人の判断)を20組から50組作ってください。できれば設計担当に作ってもらいます。そのうえで、検索結果の上位10件に正解がいくつ入るか(recall@10)で手法を比較します。評価セットのない類似検索は、改善が勘になります。

実務の落とし穴を5つ

読めない文字を「読めない」と言わない

VLMは、かすれた文字をそれらしい値で誤読します。12.64を12.84と読むような誤りです。しかも自信を持って返してくるので、出力を見ただけでは気づけません。対策は二重読み取りです。2回または2つのモデルで読んで差分を取り、不一致箇所を人が確認します。全件を人が見るより桁で安く済みます。ただし一致したことは正解の保証になりません。 2回とも同じ誤読をすれば一致します。契約・申請に使う数値や、寸法・面積といった重要項目は、一致していても全件確認するか、一定割合を抜き取って確認してください。導入時に正解付きのデータで「一致したのに間違っていた率」を測っておくと、どこまで抜き取りに任せてよいかが決まります。

スキャン品質のばらつきが精度を決める

FAX経由の図面、青焼き(複写機が普及する前の、青地に白線の図面コピー)、手書きの朱書きが入ったものでは、精度が急落します。だからPoCには、手元でいちばん状態の悪い1枚を選んでください。きれいな図面で見積もると、本番で破綻します。

図から長さを測るには校正が要る

VLMは寸法線に書かれた数字を読めます。しかし目測だけで物理的な長さを確定できません。画素の間の距離ならコードで計算できますが、それをミリメートルに直すには縮尺・解像度・傾き・スキャンの局所的な歪みの補正が要ります。寸法が記載されていない箇所を採寸したいなら、画像を補正したうえで既知の長さを基準に校正し、画素距離をコードで測る形にしてください。

著作権と機密は着手前に確認する

建築の設計図は、著作権法10条1項6号がいう「学術的な性質を有する図面」として保護されうるものです。知的財産高等裁判所は2015年5月25日の判決で、設計図の作図上の表現方法には選択の幅がほとんどないとしたうえで、部屋や通路の具体的な形状と組合せには設計者の個性が出る余地が残るとして、図面全体の創作性を認めました。ただし「その創作性は極めて限定的な範囲で認められるにすぎず、その著作物性を肯定するとしても、そのデッドコピーのような場合に限って、これを保護し得る」としています。選択の余地が乏しいから自由に使える、と読むのは危険です。

法務に相談するときは、確認事項を3つに絞ると話が早く進みます。設計委託契約に成果物の二次利用の定めがあるか。外部のAIサービスへ送ることが再委託にあたるか。施主名と地番をどこまでマスキングするか。この3つです。

コストは実測してから見積もる

VLMの処理費は1枚あたりで測ります。即時の応答が要らない前処理であれば、Anthropicの Message Batches API を使うと標準価格の50%で処理できます。非同期の一括処理なので対話には使えませんが、図面のナレッジ化は最初に一度通す工程なので相性が良く、大量処理では前提が変わります。

よくある質問

Q. 手書きの図面でも読めますか。

A. 印刷された図面より精度は落ちますが、読めます。ただし数値の誤読率が上がるため、二重読み取りと人の確認をセットで組んでください。手書きの朱書きが印刷図に重なっている場合は、朱書きだけを別に読ませると精度が上がります。

Q. どのくらいの精度が出ますか。

A. 図面の状態に依存するため、一般論では答えられません。判断できるのは実測だけです。手元の図面から最も汚い5枚を選び、想定質問を20問作って正答率を測ってください。この数字が、本番でどこまで自動化してよいかの線引きになります。

Q. 社内の図面を外部のAIに送って問題ありませんか。

A. 契約と社内規程の確認が先です。設計図の著作権が設計者に残っている場合があり、施主名や地番といった個人情報が図面に載っていることもあります。判断が付かない場合は、マスキングした数枚でPoCを回し、本番の運用形態は法務の確認後に決める進め方が安全です。

Q. CADデータが残っている図面と、紙しかない図面が混在しています。

A. 工程の先頭で仕分けてください。CAD由来のPDFはOCRを飛ばして直接テキストと座標を取り、紙スキャンだけをこの記事の工程に流します。仕分けを入れないと、精度が出るはずの図面にまで誤読のリスクを持ち込みます。

まとめ:どこから始めるか

工程は5つです。PDFの種別の仕分け、タイル分割によるOCR、意味判定と描画の分業、3層の構造化、そして類似検索の設計。この順に進みます。それぞれに固有の失敗があり、この記事ではタイル分割が必要な理由と、VLMが座標を外す性質を数字で示しました。

この工程は建築図面に限りません。帳票、検査記録、古い契約書、手書きの日報。紙をスキャンしただけの資料であれば、同じ順序で通せます。図面固有なのは、通り芯からの座標変換と、住戸や共用部といった区画の意味づけの部分だけです。

最初の一歩として現実的なのは、手元の図面を5枚だけ選んで構造化し、想定質問を20問作り、AIが何問正しく答えられるかを測ることです。ここで測った正答率が、本番の規模を決める根拠になります。工程の自動化は、その数字が出てからで間に合います。

5工程すべてを最初から揃える必要はありません。最小構成は、この5枚をOCRから構造化、社内AIのナレッジへの登録、検索まで一度通すことです。ここまでが1本の線としてつながれば、あとは枚数を増やす話になります。逆に、いきなり全社の図面を対象に自動化から入ると、どこで精度が落ちているかを切り分けられなくなります。

窓際で落ち着いた表情で話す株式会社ノーコードソリューションズ COO 吉村祐樹

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株式会社ノーコードソリューションズ COO 吉村 祐樹

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監修

ノーコードソリューションズ 代表取締役 仙入功樹

仙入 功樹 せんにゅう こうき

代表取締役

ノーコードソリューションズ COO 吉村祐樹

吉村 祐樹 よしむら ゆうき

COO

本記事は、紙資料のAIナレッジ化を担当している実務者が監修しています。図面・帳票・検査記録といった「紙スキャンしか残っていない資料」の読み取りから構造化、社内検索への接続までを支援しています。監修者の経歴と登壇実績はメンバー紹介をご覧ください。

参考文献・出典

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